2009年、修成建設専門学校建築学科を卒業後、三重大学工学部建築学科に編入。さらに三重大学大学院工学研究科建築学専攻を経て三重大学施設部施設整備チームに在籍。その後SUPPOSE DESIGN OFFICEにて勤務し、2017年、ナノメートルアーキテクチャー共同主宰に。「志摩ドクタープロジェクト」をはじめ、家具づくりから都市計画まで多様なプロジェクトに携わっている。一級建築士。
建設業界に興味をもったのは20歳頃。高校卒業後は3年ほどフリーターで、音楽のクラブイベントが特に好きでした。最初は参加する側として楽しみ、徐々に自分で企画するようになった頃、楽しい場所の「雰囲気」づくりが好きだと気づきました。「雰囲気」には、照明や音楽など多くの要素がありますが、それらをまとめる空間の豊かさと快適さも大切です。その空間をつくる建築家という職業があると知り、一気に興味がわきました。
そこで海外の古い建築物を見てみようと、10日間ほどイタリアへ。街を歩き回る中で、何百年、何千年もその地に残る壮大な建築物や彫刻には、地球の裏側からも人々を惹きつける魅力があり、人に感動を与えるのだと感銘を受けたことを覚えています。帰国後、すぐに建築を学ぼうと考えて修成へ入学しました。
修成での学生生活では、多くの先生に積極的に質問し、それぞれの専門分野について1つでも多くの知識を得ようと貪欲に学びました。今も一緒に仕事をしている仲間にも出会い、人とのつながりから視野が広がる経験がたくさんできました。一方で建築を学問として深く考えたいとも思い、大学編入制度を活用して修成から大学へ編入。その後大学院も修了しました。忙しい学生時代でしたが、今の学生さんにアドバイスするとすれば「悩んだ時には厳しい方を選ぶ」ということ。そこで努力を続ければライバルは減りますし、同じように努力している人は仲間になります。人生の岐路に立った時には、ぜひこのことを思い出してほしいです。
大学院修了後は会社勤めで経験を積み、同じく建築家である妻が先に独立して設立した会社「ナノメートルアーキテクチャー」の共同主宰になりました。社名の「ナノメートル」に込めたのは、目に見えない微細なところから空間をつくり上げるような、ボトムアップの建築をめざすという想い。固定観念をナノサイズまで噛み砕き、それを積み上げることで都市計画のような大きなものを生み出し、多くの人を幸せにしたいというビジョンを描いています。
会社設立当初は小規模な改修や店舗などの案件が多かったのですが、実績を積むにつれ、別の事務所や大学と共同で福祉施設や公共施設などの大規模な建築設計にも携わるようになりました。現在、家具づくりから都市計画まで幅広いプロジェクトに関わる中で、特に力を入れているのが「志摩ドクタープロジェクト」です。このプロジェクトの大きな課題は、街の人口減少が続く中、医学生に志摩を就職先として選んでもらい、地域活性化につなげること。同じ大学出身である志摩市民病院の院長からの依頼で、医療と建築で何ができるかを一緒に考えています。まずは医学生が来たい街にしようと、私たちが寄宿舎整備のプランを立て、病院から行政へプレゼンを行いました。寄宿舎新設には至らなかったものの、この提案をきっかけに行政の方針が変わり、官舎を医学生にも開放してもらえることに。その結果、今では年間約50名の医学生が志摩を訪れています。
その後に手がけたのが、「ア倉庫」というリノベーションプロジェクトです。病院の倉庫を病院職員の休憩所として整備するため、院長や病院の先生方にも協力していただきました。キレイに掃除して壁を塗り替え、イスをつくって置く…という小さなプロジェクトでしたが、これを機に大阪で開催される若手建築家の登竜門「U35」という展覧会への出展や、「これからの建築士賞」への入賞に加え、さまざまな講演会に呼ばれるようになるなど、私たちにとって大きな転換点になりました。
最近では病院職員用の住宅建設を行い、2020年2月に完成。ここも医学生が20名ほど泊まれるよう開放されるため、医学生が志摩という街を知り、何ができるかを考える拠点として活用されることでしょう。今後の広がりが非常に楽しみです。
私たちは幅広い分野の仕事をしているからこそ、毎回プラスの意味で無知の状態から考え始められます。打ち合わせやリサーチで基礎から知識を得つつ、常識を疑う。そこにこれまで得た知識や経験を応用し、よりよいものをつくる。そんな好循環ができており、飽きることがありません。「多能工」という言葉があるように、多分野で活躍できる「多能建築家」として活躍することが私の目標。仕事ごとに異なる「豊かな空間」を追求し、知識と経験を社会に還元し続けたいです。特に、今後も続く「志摩ドクタープロジェクト」はその想いに近いもの。10年ほど先を見据えた目標として、志摩の一大産業である観光と医療の結びつけ方も考えていきたい。この先、日本各地で同様の問題が起きると予想されるため、1つのモデルケースとして影響を与えられるとうれしいですね。
また、私は2つの大学で非常勤講師を務めているほか、事務所で「ナノ会議」という誰でも参加できるトークイベントも開催しています。こうした多くの人との双方向のコミュニケーションで得られる気づきも、仕事に大いに生かしています。
最後に、人々に豊かな空間を提供するためには、建築家自身の生活をよくすることが大切です。仕事を早く終えて本を読んだり、映画を観たり…自分を高める時間があってこそよりよい仕事につながるものであり、私自身もプライベートの時間を大切にしています。こうした考えを共有している同世代の仲間とともに、私たちの世代が中心となり、建築家という職業をさらに夢のあるものに発展させていきたいです。
- 【海辺の別荘 野間の改構】
- 愛知県・知多半島の先端近くで、海が眼前に迫る場所。風除室ならぬ砂除室としてポリカーボネート波板で外壁・窓・倉庫を囲い、眺望の獲得と防砂機能の強化を両立。先人が敷地と格闘した履歴を読み解き、「本来こうあるべき」と思わせる構えを実現した。建築も勝手も構えを改める「改構」の手法を編み出した作品。
Photo : Ryuji Inoue
- 【ア倉庫】
- 病院の小さな倉庫をリノベーション。天井と床は触らず、内壁と外装のみ塗装。唯一制作した椅子は簡単なつくりで、今後追加で制作できる。病院職員の休憩所としてはもちろん、研修医や学生も交えた議論の場となることが期待されている。
- 【渋谷の美容室】
- 既存壁をはがすとLGS下地の列柱が現れ、壁に穴が開いたような様子に。隠れていた列柱に光が当たって影が生まれることで「用」と「美」が加わり、鏡に向かい自分自身と向き合うことが神秘的な儀式のように感じられる空間を演出。
Photo : Koji Tsuchiya