協力:大阪中之島美術館
「閉じる」ことで、「にぎわい」を生み出す!?
オフィス街に浮かぶ黒いキューブ。
倉方:こんにちは。建築の歴史を研究している倉方です。今日はみなさんと、ここ中之島にある話題の建物や歴史的な構造物などを見学します。気になることがあれば、どんどん質問してくださいね。私からもいっぱい質問しますからね!
学生たち:よろしくお願いします!
倉方:それでは一カ所目は、「大阪中之島美術館」です。この建物を見て、はじめにどんな印象を受けましたか?
坂口:すごくクールでスタイリッシュです!
藤本:こんなデザインの建物は見たことがありません。壁面も珍しい質感ですね。
倉方:確かにスタイリッシュで黒くてとてもクールに見えます。壁面も特徴的ですね。
鮫島:テカりがなくて本当に真っ黒です。
倉方:同じ黒でも、ピカピカした黒い壁面はよくありますが、この建物では表面に凹凸を施して光を吸収するようになっています。これによって黒がより強調されて、キューブが宙に浮いているように見えますよね。
坂口:壁面の材質次第でかなり印象が変わりそうです。どうやってこのデザインに決まったんですか?
倉方:いい質問ですね~。建物の設計やデザインを決めるために、大規模な設計コンペを開催したんですよ。いろんな人に案を出してもらって、最終選考に残ったのが5案。その中には世界的に活躍する建築家もたくさんいて、そして選ばれたのが、遠藤克彦氏が手がけたこの設計です。
藤本:世界で活躍する建築家たちが参加したコンペなんて、本当にすごいです。
倉方:大阪に近代美術を鑑賞できる美術館をつくろうという構想が、実は40年ぐらい前からあったんです。それで満を持してということで、今回のような大規模かつハイレベルな設計コンペになりました。
脇田:そんなにすごいコンペを経て、建てられた建物だと思うとさらに興味深いです。
倉方:この建物は、もうひとつおもしろいところがあって、キューブの下を見てください。すごく緑が多いでしょ。建物の周りに緑地があって、遊歩道のようにカーブがあったり、ブリッジがあって今日の最後に見学する「中之島四季の丘」とつながっていたり、実はかなり複雑な構造をしているんですね。これも、この建物の大きなポイントです。
坂口:外から中がほとんど見えないのはなぜですか?公共施設にはあまりないデザインですよね。
倉方:いいところを突きますね!例えば、外からも中の美術作品が見えて、ある種のにぎわいを持たせた「街に開かれた美術館」はよくありますが、大阪中之島美術館については、とても寡黙な印象を受けます。これにも理由があって、あえて閉じることで、中にはなにがあるんだろう?と誘い込む効果を生みます。実はこの建物は、高速道路からもかなり目立って見えていて遠目でも、あれはなんだろう?って思いますよ。
鮫島:緑の遊歩道もあって、ふらっと近づいてみたくなります。これにもなにか狙いがありそうですね。
倉方:そうそう。いいところに気がつきましたね。遊歩道にはそうやって誘導する効果もあるんです。本当にいろんな視点から、人を引きつける仕掛けが施されている建物です。
藤本:あのL字の窓も気になります。
倉方:まず、内側は外観とは打って変わって吹き抜けの広い空間になっていて、しかも2階が全面ガラス張りなのですごく開かれた空間になっているんです。質問のあったL字については、実は廊下の先が広々としたガラスになっているんですよ。それを外から見たら、あのL字なんだろう?って、さらに興味を刺激されるというわけです。それから内側について説明する上で欠かせないのが、パッサージュという設計が取られていることです。
藤本:パッサージュって、広場のように人が自由に行き来できる空間のことですよね。
倉方:すばらしい!さすが建築学科。パッサージュとはフランス語で「通り抜け」の意味で、実はお金を払わなくても館内に入れて、ミュージアムショップやカフェやレストランが利用できるんです。誰もが気軽に利用できて、たくさんの人々が自由に行き交う。そういった意味では、すごく「街に開かれた美術館」だと言えます。
坂口:あえて見えないようにして、人を引きつけて、中にはすごく開放的な空間が広がっているなんて本当にすごい発想です。勉強になりますね~。
鮫島:なんだろう?と思わせて中に入ってみると、無料の通り抜けがあって、さらにカフェやレストランがあったりするのって、ある意味すごく利益につながる設計なのかなと思いました。
倉方:またまた、鋭いですね(笑)。実はそういう側面もあります。美術館って本来、作品を観たい人しか来ない場所ですよね。でも、建物の中が気になって、ふらっと入ってみると、ちょっと展示室まで行ってみるかってなるかもしれませんから。
脇田:でも、こういった通り抜けがあったり、誘い込む仕掛けがあったり、街歩きと相性のいい美術館をなぜここに建てたんでしょうか?中之島と言えばオフィス街ですし、人でにぎわっているイメージがありません。
倉方:確かにオフィス街なので、買い物や余暇を楽しむ人が集まる場所ではありません。さらに、梅田や難波からの距離は近いですが、電車ではちょっと足を延ばしにくい場所ですよね。でも今、JR大阪駅の北側で進んでいる新駅建設の工事が終わって新しい路線が開通すれば、中之島にも新しい駅ができるそうなので、大阪中之島美術館は、今後にぎやかになるこのエリアをさらに活性化させる起爆剤になると考えられています。そういった街の将来を見据えて、このような人を集める設計やデザインを採用したんでしょうね。
脇田:将来的にたくさんの人が訪れる場所だから、街歩きの目玉にしようということですね。
藤本:街をぶらぶらしていて、ちょっと気になるお店があったら入るのと同じように、ふらっと美術館に立ち寄るなんて、本当に新しい感覚だと思いました。とてもステキです。
倉方:街を散歩していて、その中でいろいろな体験があったり、これまで知らなかった建物や構造物に出会ったりできるのは都市のおもしろいところです。特に大阪は大都市なので、ちょっと歩いているだけでも新しい発見がいっぱいあります。
脇田:これまで、そういった視点で街を歩いたことがありませんでした。家から学校までの通学にしても、新しい楽しみがひとつ増えたように思います。なにか気になる建物や構造物があれば、近寄ってみてじっくり見てみようかなって。
鮫島:僕は造園を学んでいることもあって、日ごろから緑地や公園にばかり目が行ってしまっていました。でも、先生のお話を聞いて建築もすごく奥が深くて、おもしろいなって感動しました。
坂口:私はなにより、大阪中之島美術館に込められたデザインや設計の考え方が衝撃的でした。あえて閉じることで興味をかき立て、中は中で無料の通り抜けを設けることで、人の行き来をさらに活発にしたりなんて、これまで知らなかった手法なので本当に興味深いです。自身の設計やデザインにもしっかりと取り入れていきたいです。
2022年2月、大阪の中之島にオープンした美術館。5階建て、延べ約2万平方メートルの館内には、「大阪と世界の近代・現代美術」をテーマに6,000点を超える作品を所蔵しています。レストランやカフェ、ミュージアムショップも併設。
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