株式会社福本設計 巽 浩典の仕事

建物を含めた「素敵な場所」を生み出す、建築の可能性を模索したい。

これまで、教育施設、福祉施設、工場などの生産施設、スポーツ系施設など多岐にわたる設計を行ってきました。中でも印象に残っているのは、2022年3月に竣工した梅乃宿酒造本社・酒蔵のプロジェクトです。日本酒づくりは職人気質の強い世界というイメージがありますが、梅乃宿さんは「新しい酒文化を創造する蔵」というビジョンを掲げている会社。そのため伝統は守りつつ新しいことに挑戦するという思いを建築に落とし込むことと、若手社員が力を発揮しやすい環境づくりが求められました。また、建設地はもともと田んぼだった場所なので、山の景色や風の抜けといった豊かな自然を生かし、工場という雰囲気を感じさせない建物にしようと考えました。仕事をするうえで私が大切にしているのは、設計の前にその業態の特徴や現在置かれている社会的状況を学ぶこと。このプロジェクトでも、まずは日本酒づくりや日本酒業界について学び、梅乃宿酒造ご担当者様と一緒に全国の酒蔵を見学して回りました。

設計について、当初は「1つの大きな建物にすべてを収めたい」と言われていましたが、日本酒と他のリキュール類を同じ建物で製造するとコストが増えることや、建物が大きな箱のようになり風景に馴染まないことから、建物を分けるプランを提案。何度も説明して納得いただき、竣工後は快適にお使いいただいています。設計段階ではお客様が完成形をイメージできていないこともあるので、要望のままに設計をするのではなく、信念を持って提案することも大切です。
設計を進める際には多くの方とのコミュニケーションを心がけ、今回はそれがターニングポイントになりました。全国の酒蔵を見学して酒蔵は2階建てが条件なのだと考えて設計し始めたものの、平屋のほうが効率的なのではないかとも感じ、その考えを製造責任者の方にお話ししたところ、すぐに「平屋でいいのでは?」と言われたのです。それまでほとんど意見をされなかった方でしたが、この一言で設計が大きく前進。他にも多くの部署の方との話し合いを経て、最終的に当初の想定とは建物の向きすら違う図面となり、コミュニケーションの大切さを改めて実感しました。
実は、このプロジェクトは途中で建設地の変更によって止まった期間があり、着手から竣工まで10年を要しました。一連の業務は大変でしたが、その分関係者と深いつながりを築くことができ、大きな達成感がありました。梅乃宿さんの酒蔵では、毎秋日本酒をつくり始める前に「蔵開き」という大規模なイベントを行っており、2日間で万単位の人が訪れます。今後もそういったにぎわいが外にあふれ出していくような、活気のある場所になることを願っています。

修成を卒業して約20年、学生時代の仲間とは今でも年1回程度は会っています。みんな同じ業界で働いているので相談もしやすく、かけがえのない存在です。修成で学んでよかったと思うのは、設計の際に「現場ではどう思うだろう」と自然に考える視点が身についたこと。設計者は普段現場のスタッフと接する機会が少ないため、設計者全員が当たり前にできることではないのです。これは設計者をめざす人ばかりではなく、施工管理など現場での活躍をめざす人も多い修成だったからこそ身についた大切な素養だと思います。他に、今思えば意味のわからない内容の質問ばかりしていた私に、先生が一つひとつ丁寧に答えてくださったことも良い思い出として印象に残っています。

現在、建築業界では「持続可能な建築」や「環境に配慮した建築」という分野が注目を集めています。SDGsなどに関心がある人もいると思いますが、私は太陽光パネルや、高断熱、高気密といった手法だけにとらわれないことが大切だと考えています。古い建物を解体して新しい建物をつくれば二酸化炭素が発生するのですから、”壊す・つくる“という従来の建築の枠組みだけで考えるのではなく、空いた住宅に住む人を見つけることも解決策の一つです。こうした視野を広げた考え方も今後は必要なのではないでしょうか。私自身、最近は地域活動として奈良県建築士会の「場を生むデザイン賞」の運営に携わり、建物だけが主役なのではなく、地域社会を元気にするような良い「場」を探ることにも取り組んでいます。受賞者に話を伺ってWEBで情報発信もしており、今後はこの経験を会社での設計業務に生かしたいと考えています。
近年、業界のAI化が進んでいることで、将来はどうなるのかと不安な人もいるかもしれません。もちろんAIに頼るべき部分もありますが、すべてを任せられるわけではなく、まだまだ人間味のある業界です。覚えることが多く最初は大変ですが、自分の課題を確実にクリアしていくことで、少しずつ点が線となり、面になっていきます。何度も同じようなことを経験しながら少しずつ研鑽し、自分の成長を実感できる仕事だと思いますし、一つのものを完成させるという目標に向かい、会社や職種を超えて一丸となれるのもこの業界の魅力です。必ず人間として成長させてくれる業界なので、迷うことなく飛び込んできていただきたいと思います。

Works 01 明日香庭球場

古代文化の郷「明日香村」にひっそりと存在する、全国有数規模の明日香庭球場。長い歴史の中で築き上げられた明日香村の風土を継承しつつ、随所に現代的なデザインを挿入し、和やかな刺激を感じるデザインとした。

Works 02 梅乃宿酒造本社・酒蔵

奈良・葛城で酒造りを手がける梅乃宿酒造の全面移転プロジェクト。同社が掲げる「新しい酒文化を創造する蔵」というビジョンに応えるべく、葛城山麓の環境と、そこで働く人たちがつくり出すお酒のポテンシャルを最大限発揮できる設計に。

Works 03 なごみこども園

大阪・京都・奈良のベッドタウンとして発展を続ける京都府木津川市内のこども園。隣接する小学校の校門エリア、遊歩道、こども園のエントランス空間を一体的につなげ、ここに集う多様な人々の自然な対話が生まれることを意識した。

Profile 株式会社福本設計 
巽 浩典
 建築士

2003年、修成建設専門学校総合建築学科卒業。神戸の設計事務所での勤務を経て2007年に地元である奈良に戻り、(株)福本設計に入社。教育施設や福祉施設など幅広い設計を担当する傍ら、近年は奈良県建築士会の「場を生むデザイン賞」の運営にも携わり、建築士としての視野を広げている。2022年4月より設計室長に就任、10月からは京都事務所所長も兼任。一級建築士。

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